「以前絵画の講習会したときに「思いどおりに描けない」という方がけっこういたので「それは皆さんの脳内にある完成予想図が赤の他人が描いたものだからです。同じように描けるわけがないので全てリセットして、今自分が持てる力で描きましょう」と言ったら皆様憑き物が落ちたような表情になってたなと。」

「創作業界というのは陳腐化というゆるやかな坂を常にくだっている。
ごくまれに、業界に新たな息吹をふきこむ作品が現れることで、クオリティが一気に底上げされる。そんな前のめりの階段みたいな構造で創作業界は少しずつ発展していく。

ただ、業界がマーケティング偏重の体質になると、そのごくまれに現れる作品がテンプレからはずれているということで、自分たちに制御できないところで盛り上がったということで、叩きのめすか無視するという方向の力が加わることになる。
それこそが業界の終わりのはじまり。」

「私は作家や編集の冠婚葬祭の折は、ご親族・姻族の方に超真面目に挨拶・御礼を言うようにしています。ヤクザな商売なもんで親族側はウチの息子・娘が何やってるか分からない場合が殆どなのです(儲けてても)。そこに硬い名刺で挨拶すると、兎に角安心してくれるので。」

もう少しある分は後日へ。

今年の桜は遅いようで、まだ満開ではない。そして週末からしばらく雨の予報。

ふの付く某所より。
村上春樹の長編のストーリーなんて全部一緒だ
極限まで簡略化すると
1:いろいろ不満気味の男が
2:異界(※いろんなパターンがある)に行って
3:その中で「何か」を失って
4:戻ってくる
というだけ
ほんとそれだけ
読者はその今回の異界はなんなのか?どうやって其処に行くか?
っていうバリエーションを楽しむ水戸黄門みたいなもん」
村上春樹は1冊も読んだことがないので、薄くて簡単に読めそうな辺りから手を出してみたいと思いつつ、何年も経ってしまった。一方、村上龍はと言うと、ずいぶん前に『テニスボーイの憂鬱』を読むだけ読んだような、漠然とした記憶がある。ASA関連の古本屋がまだ存在した頃だろうか、だいぶ昔だ。ラストシーンしか覚えていないし、それが合っているかどうかも分からないので、そのうち立ち読みでもして確認したい。

「浮世絵を見ると日本のゲームがフォトリアル路線じゃなくて
トゥーンレンダリング路線に行くのは民族性なんだなぁってよくわかる」